インドの海岸、ゴア。広く長いビーチ。美しく広がるその海岸にはインド人のみならず、世界中から癒しを求めて人々が集まる。ドラッグや売春がはびこる一方で、その風景の美しさが訪れれ人々を魅了する。僕もまたその一人。日本ではしがないサラリーマンをしていた。新卒入社で3年間働いた会社を辞めてインドへひとり旅をしにきた。残業未払いの最低な労働環境、嫌味ばかりのパワハラ上司、すべてに嫌気がさして辞表を提出した。なにもかも忘れたいと思っていた僕をインドの海岸はやさしくつつんでくれた。

海岸にひとりたたずんでいると、話しかけてくる少女がいた。オパール色の瞳をしたその子は美しく、僕は時が止まるのをかんじた。

「にほん…をべ……す」

「え?」

どこか聞いたことのある言葉の響きに思わず僕は聞き返した。

「ニホンゴヲ ベンキョウ シテイマス」

どこかインドなまりの日本語で彼女はそう話しかけた。

「日本語がわかるの?」

僕はそう聞き返した。

「ワカリマス。アナタ ニホンジンデショ?トモダチニナリマショウ」

そうして僕たちはしばらく会話を楽しんだ。日本語で話しかけてくるインド人はたいていがペテン師だ。僕は彼女もそのたぐいだろうと警戒していたが、どうやら現地の大学に通う学生のようだった。僕の警戒心を感じてか、学生証まで見せてくれた。彼女の名前はクリシュナ。オパール色の瞳が美しいインド人だ。大学で社会学を専攻していて、将来は日本の貿易会社で働きたいらしい。日本のアニメに魅せられて日本語の勉強を小さいころからしていたが、大学で学びきちんとした日本語がしゃべれるようになったそうだ。

日本のことをなにもかも忘れたい僕がこんなところで日本が好きな学生と出会うとは全くの予想外ではあったけれど、クリシュナの親切心から僕の心はスッと癒されていった。3日間のゴア旅行だったが、僕らは一緒に街を観光し思い出を共有した。ゴアを出て日本に帰る日、僕はクリシュナに別れを告げた。交換したメールアドレスとフェイスブックアカウントが書かれた1枚の紙が3年経った今も手元に残っている。インドの独特な筆記体で書かれた文字が読めず、日本に帰ってきてからクリシュナとは一度も連絡は取っていない。別れ際に寂しそうな目をした美しい瞳とどこかシルクロード文化のアルカイックスマイルを思わせる微笑が忘れられない。オパールが輝く指輪を見かけると、クリシュナのおだやかな笑顔を思い出す。

 


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